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2017年03月11日

3.11から6年目の石巻駅周辺


今日の石巻駅周辺の様子です。
写真は震災後市役所に張られた超弩級サイズのサイボーグ009のの幕です。



震災後石巻の中心街には至る所に津波が来た際の高さが表示されています。



石巻駅の正面です。マンガの街石巻の玄関口となっています。



そして、石巻駅にも3.11の際津波が押し寄せて来ています。



震災の記憶が年を追う事に風化して行きますが、こうやって、津波の記録は残って行くと思います。



駅周辺も震災後色々と整備されています。



今年も、市役所の4階で献花台が設置されています。
  


Posted by SEI, at 11:25Comments(0)復興・災害情報

2013年03月09日

YAJIKITA ON THE ROAD_震災から2年...



震災から2年…忘れないで。宮城編|旅人:井門宗之
2013-03-07

2013年3月11日。
東日本大震災の発生から2年という月日が経とうとしています。
2年って、一言で言っても被災地の2年とそれ以外の地域の2年では大きく違う。
徐々に報道が減っていく2年と、未だ仮設住宅で過ごす2年。
生まれた土地にまだ帰れない2年と、自分の生まれた土地に当たり前の様に暮らす2年。
この2年は皆さんにとってどんな2年だったでしょうか。

YAJIKITAが被災地の取材を初めて行ったのが2011年5月。
震災から2カ月が経った頃でした。
当時は津波の傷跡も深く、…うん、それは本当に深く残っていて、
日本全国のナンバーを携えた警察車両やボランティアの車両が忙しく走り回っていました。
耳を澄ますとあちこちから聞こえてくる重機の作業音。
道路の脇には、天地を逆さまに横たわる無数の車。
風が運んでくる強い潮の匂い…。
いま目を閉じても、あの光景が強く、強く蘇ります。

あれから2年が経ち、被災地の現状がどう推移してきたのか。
僕らも被災地の取材を重ねる中で、様々な事が見えてきました。
そして様々な事が見えてきたからこそ、断言します。
YAJIKITAはこれからも被災地の取材を続けていきます。
広く全国のリスナーさんに伝え続けていきます。
だってね、また会いたい人が沢山いるんですもん。
今頃どんな風に過ごされているかなって気になる人が沢山いるんですもん。
あの宿の御主人は元気かな、あの酒蔵は美味しいお酒を作っているかな…。
取材を続ける度に、そんな方々との出会いが必ず生まれるんです。

今回のYAJIKITAは復興応援SP。
過去の取材でお会いした方々にもう一度会いに行く旅、という裏テーマ付き。
“お変わりありませんか?その後、元気にされてますか?”を言いに行く旅です。
そして僕はこの旅のスタートから、なんだか胸が熱くなったんだよなぁ…。


石巻市の旧北上川の中州にある【石ノ森萬画館】。
言わずと知れた宮城出身の漫画家・石ノ森章太郎先生のミュージアムです。


初めてここを訪れた時は、その傷跡の深さに僕らは言葉を失いました。
入口は全てベニヤ板で覆われ、見渡す限り、周りも津波で破壊された瓦礫の山。
ここを目の当たりにした時に、どう喋って良いか本当に悩んだ。
「取材で来た僕らが、簡単な言葉でこの光景を語っちゃダメだろう」って。
―誰かの大切な物が泥まみれになって破壊されている。
沢山の方が命を失っている。―
そんな事をずっと考えていて、冗談じゃなく言葉が出なかった。
そんな時、作業をされていた自衛隊の方に取材班がこんな事を言われたんです。

――どうか、この現状を伝えて下さい。――

思い返せば僕らがあの取材で言葉を紡げたのも、
あの自衛隊の方の言葉があったからかもしれません。

あの時から2年。

2年前はまだまだ復旧のめどすら立っていなかった石ノ森萬画館も、
ようやく今月23日にリニューアルOPENを果たす事になりました!
実は去年も石巻市を訪れた時に萬画館の前を通ったりして、
スタッフとも「再開はもう少し先かな…」なんて話していたんです。

それがついに復活です、ヒーローが石巻に戻ってくるんです!


入口に車をつけると、エントランスまでに芝が植えられていて緑がキラキラしている。
ちょうど再開に向けて工事中だったのですが、入口を閉じていたベニヤ板もなくなり、
館内には何やら真新しい展示物も並んでいる!?
ここでお話を伺ったのは、現地にて石ノ森萬画館を管理運営している、
「街づくりまんぼう」の本郷由華さんです。


震災直後からここまで、様々な苦難を乗り越えての再開。
本郷さんにお会いして、再開直前の館内でお話を伺う段になって、
何だか胸がいっぱいになりました。


井門「本郷さん…本当に、本当に良かったですね。
もう出てくる言葉がそれしかないや…。」

本郷「…有り難うございます!!」


石巻の方々にとってもヒーローの集まる萬画館は特別な存在。
それがようやく再開するんです。
本郷さんの表情にも、少しだけ安堵が窺えるようです。
…と、そう言えば僕らが萬画館に初めて来たときにあった、
寄せ書きが書かれたベニヤ板は…。


本郷「あの寄せ書きがされたベニヤ板ですね!
結局寄せ書きがいっぱいになったら新しい物に替えて…を繰り返し、
最終的には40枚くらいになったんです。」

井門「それだけ多くの人がメッセージを残していったってことですか?」

本郷「はい!」


震災直後に被災地に寄せられた様々な励ましの言葉。
僕も喋りを生業としていて、あんなにも“言葉の力”の強さを実感した事はないです。
石ノ森萬画館にはそれが手書きで、しかも世界中から集まった。
それだけここに寄せる思い、いや、石巻に寄せる思いが強かったんだろうな。
しかしこれだけのヒーローが復活したんだ。
その中でも本郷さんが一番好きなヒーローってなんだろう…。


本郷「ははは(笑)そうですね…。

やっぱり石巻のご当地ヒーロー、シージェッター海斗ですね!」


と言う訳で、外に展示してある海斗の前で一枚。


本郷「そう言えばそこのスロープに石ノ森先生の“手”のブロンズ像があるんですけど、
それは津波にも全く動じずに当時のまま、そこにあるんですよ!」

井門「これは先生の手の大きさ、そのままですか?」

本郷「はい!ぜひ握手していって下さい!」

震災当時、被災地はどこも町から色彩が消えていた。
それは石ノ森萬画館も然りである。
しかし2年の月日が経ち、ついにこの町にヒーロー達が戻ってきたのだ。
勿論石巻には町の中に石ノ森章太郎先生が作り上げたキャラクターの像が並ぶが、
せっかくだ、3月23日にリニューアルオープンを迎える萬画館に、是非足を運んで下さい!

http://site.jfn.co.jp/yajikita/blog/entry/11737
  


Posted by SEI, at 23:14Comments(1)復興・災害情報

2013年01月17日

阪神淡路大震災から18年

今日1月18日は阪神淡路大震災から18年目
そして、東日本大震災のあった3月11日まであと約2ヶ月
私は、阪神大震災の時21歳でしたテレビで見たあの状況は今見ても凄い印象でした。
その16年後の2011年に東日本大震災発生

最近ふと思ったのは震災から2年が過ぎ
県外、そして東北地方以外の人々から震災の記憶が風化してきているのでは無いかと思いまして・・・実際震災時のときに比べてニュース等の報道は段々と被災地の情報は少なくなって来ています・・・・
それで思い付いたのは
石巻の復旧復興への映像を集めてみました。以下の映像は
震災時から復興へ向けた物を集めた石巻に関連する映像です。

最近になって石巻に押し寄せる津波の映像をYouTubeに発見しました。




コチラは石巻日日こども新聞の創刊までの映像です。




北野武さん&木村拓哉さんのCM2本です。




そしてこちらは本間明彦さんのナレーションの
『おらほのラジオ体操』です。
  


Posted by SEI, at 11:09Comments(9)復興・災害情報

2012年10月18日

石巻へ北九州市民が視察 がれき仮置き場、安全確認

え。。。と・・・・ですねえ・・・私達は日々石巻に住んでいます。
今だ特に健康上、放射能の影響は出ていないと思います。
って言う事は、普通に大丈夫ですので・・・って言いたいです。
ですが、TV等での抗議を訴える一部の市民団体の人の映像には悲しくなりました(ToT)


北九州市民が視察 がれき仮置き場、安全確認 石巻

東日本大震災で発生した宮城県石巻市のがれきの一部を引き受けている北九州市の市民13人が17日、石巻市のがれき仮置き場などを視察した。北九州市が設けた「災害廃棄物処理市民モニター会議」のメンバーが、安全性を直接確認することを目的に企画された。
 がれき約20万トンが積まれた1次仮置き場では、石巻市の担当者が「被災者はがれきの山を見ると、復興に進めない。一日でも早い処理がわれわれの使命」と広域処理に理解を求めた。
 モニターは「何年で処理を終えられるのか」などと質問。県の中間処理施設でも選別工程や放射性物質の測定状況などを視察した。
 八幡西区の無職瀬戸島政広さん(73)は「担当者から放射能は問題ないと聞き、特段心配はしていない。がれきの量に圧倒され、手助けしたいという気持ちが一層強くなった」と話した。
 北九州市は9月中旬、可燃性がれきの受け入れを始め、1日平均約110トンを焼却している。2014年3月末までに最大6万2500トンを処理する見通し。


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Posted by SEI, at 12:53Comments(0)復興・災害情報

2012年10月05日

2012年10月04日

2012年09月22日

日和山からの風景

以前は、ガレキが有ったのが現在ガレキも無くなり草が生い茂ってします



ガレキのピラミッドは以前よりは小さくなっている感じがします。



更地にはすっかり草で覆われています・・・
更地になっている場所にはかつては、沢山の家などの建物が有りました。

  


Posted by SEI, at 20:48Comments(2)復興・災害情報

2012年08月31日

津波注意報による防災広報

現在、石巻でも市の防災広報から津波注意報の放送が有りました。  


Posted by SEI, at 23:01Comments(1)復興・災害情報

2012年07月19日

震災以降停留している電車

震災以降、動く事なく石巻駅に停留されている電車です。
現在、仙石線は、ディーゼル列車にて運行されています。



此方は、仙台と石巻を行き来している高速バスです。
震災の後、仙石線で仙台まで直通で行けない状態が続いている為
石巻~仙台間を直通で行ける数少ない運行手段の一つになっています。

高速バス 仙台石巻線 (臨時ダイヤ)




現在、石巻~小野まで仙石線は復旧が完了しています。
しかし、代行バスは現在も矢本駅~松島海岸駅が代行輸送中となっています。
※去年から、石巻線と東北本線を経由しての石巻駅~仙台駅間の直通列車が現在運行しています。

JR仙石線(松島海岸駅~矢本駅間)・代行バス時刻表

見合せ区間と代行バス区間が異なる為の列車と代行バスお乗換の案内

仙台⇔石巻間に臨時直通快速列車(東北本線・石巻線経由)


  


Posted by SEI, at 11:04Comments(0)復興・災害情報

2012年07月11日

震災から1年4ヶ月目を迎えて

震災直後の映像
【ニコニコ動画】東日本大津波15mの壊滅危機逃た瞬間宮城県亘理町荒浜小学校と堤防破壊

【ニコニコ動画】【東日本大震災】 宮城県石巻市 大津波襲来。

【ニコニコ動画】【石巻市】呑まれる町並み、立ち尽くす人々【大津波】



震災後の被害状況の映像
【ニコニコ動画】東北関東大震災 石巻 現地映像2011/03/16

【ニコニコ動画】【東日本大震災】宮城県石巻市、自分の見慣れた風景が…【代理うp】

【ニコニコ動画】被災地の今-門脇小学校周辺-2011.08.05

復興へ向けての映像
【ニコニコ動画】【東日本大震災】石巻川開き祭りと山元町・大槌町支援活動[桜H23/8/4]

【ニコニコ動画】東日本大震災復興応援ライブ JAM Project

2011.4.23 がんばろう宮城!応援アニソンライブ
場所 イオン石巻SC 
石巻市出身のアニソン歌手遠藤正明さんと同じく日本を代表するアニソン歌手である影山ヒロノブさん、きただにひろしさんの3人によるアニソンライブです。

【ニコニコ動画】8_1 石巻川開き祭り特別ステージ アンコール

そして、その約4ヶ月後の8月1日には石巻川開き祭りで特別ステージを開催されています。  


Posted by SEI, at 10:18Comments(0)復興・災害情報

2012年07月11日

3.11 その日、石巻で何が起きたのか~6枚の壁新聞

ドキュメンタリードラマ
3.11 その日、石巻で何が起きたのか~6枚の壁新聞





石巻日日新聞という小さな地域新聞社が発行した「6枚の壁新聞」を知っていますか・・・?
このドラマは、東日本大震災で大きな被害を受け、大津波に呑みこまれた街に貼り出された、手書きの壁新聞を巡る一週間ほどの物語です。
――2011年3月11日。宮城県・石巻市。
濁流は、石巻にある小さな新聞社・石巻日日新聞にも襲い掛かりました。
社屋は水に浸かり、輪転機も水没、そして電力の途絶・・・
この状況で新聞など出せるはずもありませんでした。
交通機関も遮断され、携帯電話もつながらない。余震に次ぐ余震、繰り返される大津波警報。
孤立無援、完全に外界と隔絶されたこの街で、人々は情報パニックとなりました。
「何が起きた?」「家族は?」「病院は?」「学校は?」「食料は?」
かろうじて入るワンセグのテレビやラジオからは、遠い東京の様子や破壊された空港・鉄道、燃え上がる気仙沼の話が断片的に伝えられるのみ・・・
“情報”が欲しい…家族のために…
生きるために、今、ここ石巻で必要な情報が・・・
その時、新聞社のリーダー・近江社長が言いました。
「わかることだけでいい!手書きでいこう」
これに応えたのが、石巻日日新聞の記者たちだったのです。
報道部長・武内宏之、デスク・平井美智子
外処記者・秋山記者・水沼記者・横井記者・熊谷記者
こうして世界でも例を見ない手書きの壁新聞が作られる事となりました。
「こんな時に何写真撮ってんだ!」罵倒されつつ取材をした者・・・
家族の安否がわからないまま、取材をした者・・・
「希望の見える情報にしよう」自分を、人々を励まそうとした者・・・
フェルトペンで書かれたこの壁新聞は、6日間だけ発行され、
現在「ジャーナリズムの聖地」、アメリカ・ワシントンD.C.の「報道博物館」(NEWSEUM) に永久展示されています。
2011年3月11日。宮城県石巻市で実際にあった、あの日から一週間ほどの出来事を、ドキュメンタリードラマという形でお届けします。

3.11 その日、石巻で何が起きたのか~6枚の壁新聞 日本テレビ公式サイトよりあらすじ
  


Posted by SEI, at 00:00Comments(0)復興・災害情報

2012年07月10日

震災から1年4ヶ月目のマンガロード

     

     

    

    

  


Posted by SEI, at 23:02Comments(0)復興・災害情報

2012年06月30日

中心街に増えた更地・・・

    

      


Posted by SEI, at 21:16Comments(3)復興・災害情報

2012年06月25日

風化しつつある震災の記憶

駅前大通りにある震災時の津波浸水深位置を示す表示版


石巻駅にある震災時の津波浸水深位置を示す表示版
  


Posted by SEI, at 09:54Comments(2)復興・災害情報

2012年06月19日

2012年05月21日

今日の石巻駅の様子♪

震災前は、ここに止まっているのは電車でしたが、震災以降、現在石巻駅で動いているのはディーゼル列車です。マンガッタンライナーは震災以来石巻駅で見るのは不可能になってしまいましたが、でもいつか仙石線が完全復旧する日が来ればまた、昔のようにマンガッタンライナーが石巻駅で見れると思いますが、いつになるんでしょうかねえ・・・(;´∀`)
  


Posted by SEI, at 11:16Comments(5)復興・災害情報

2012年05月19日

萬画館の再開賛否両論

石巻百景: これからも、マンガの力で石巻を元気にしたい
―石ノ森萬画館・木村仁さんインタビュー


今回は私の個人的な感想を書きたいと思います。
この記事に有る様に税金を使っての萬画館の再建に関しては市民からは賛否両論が出ているのはこの記事で明らかです。
しかし・・・実際石巻の現状は、中心街の復興は震災から1年が過ぎて再開しているお店も増えましたが
やはり・・・核になる施設が無いと石巻の観光が完全に復興は出来ないと思います。
  


Posted by SEI, at 07:06Comments(3)復興・災害情報

2012年05月12日

船の引き上げ作業中

萬画館の有る内海橋ではクレーン船によるおそらく津波の際に沈んだと思われる船の引き上げ作業をしていましたヽ(ヽ>ωω<ノ)ノ
  


Posted by SEI, at 20:41Comments(0)復興・災害情報

2012年03月31日

2012年03月29日

街中の様子

此処には、かつて石巻のデカ盛りの聖地3A食堂がありました。
しかし、今は更地になっています。震災後一度だけ3A食堂の
お母さんに会う事が有りましてマスターの無事も確認はしていましたが
それ以来お会いする機会は有りません。






ここには以前は新華楼本店のお店が有りましたが現在ここも更地です。





そして、此処は活船料理 喜八櫓の付近です。
私震災の日ここでお昼食べました・・・震災前ここでお昼を食べて萬画館に行きました
  


Posted by SEI, at 23:24Comments(5)復興・災害情報

2012年03月28日

日和山からの天空模様5

此方も日和山から見た湊地区方面の様子です。
  


Posted by SEI, at 15:30Comments(0)復興・災害情報

2012年03月28日

日和山からの天空模様4

そしてコチラは日和山から見た湊地区方面の様子です。
  


Posted by SEI, at 15:27Comments(0)復興・災害情報

2012年03月28日

日和山からの天空模様3

そしてコチラは日和山から観たマンガッタン(中瀬)です。
  


Posted by SEI, at 15:24Comments(0)復興・災害情報

2012年03月28日

日和山からの天空模様2

そしてコチラは神社の鳥居から観た天空模様です。
  


Posted by SEI, at 15:22Comments(0)復興・災害情報

2012年03月28日

日和山からの天空模様1

此方は今日の日和山から観た太平洋です。
  


Posted by SEI, at 15:18Comments(0)復興・災害情報

2012年03月22日

震災から1年過ぎても

震災から1年過ぎた内海橋周辺の復興状況です。



    



    
  


Posted by SEI, at 23:08Comments(3)復興・災害情報

2012年03月16日

復興支援ソング「虹を架けよう」

この歌を聴く度に涙が出て来ちゃいまして。・゚・(ノ∀`)・゚・。




此方は予定~宮城に帰ったら~です。
この歌には中村雅俊さんの故郷の女川町のマリンパル女川も歌詞に出てきますが、津波の被害に遭っています。それだけにマリンパルで遊ぶって言う歌詞にまた涙が出来ます。
  


Posted by SEI, at 13:02Comments(3)復興・災害情報

2012年03月15日

2012年03月15日

地震キタ━━━(゚∀゚)━━━!!

今揺れたような気がしのですがヽ(ヽ>ωω<ノ)ノ  


Posted by SEI, at 23:24Comments(0)復興・災害情報

2012年03月14日

地震情報です。

また地震です:(;゙゚'ω゚'):

  


Posted by SEI, at 22:39Comments(1)復興・災害情報